if～セルジュ

　「じゃ、花屋さんと雑貨屋さん、鍛冶屋さんと、おみやげに蛇骨まんじゅうで良いんだね？」
セルジュが笑顔で母親のマージを振り返る。マージはちょっと複雑な笑みを浮かべている。
「…大丈夫？ほんとにどこも何ともないの？」
顔を覗き込むようにするマージに、セルジュは苦笑した。
「大丈夫だって！心配性だなぁ」
「だって、レナちゃんが、昨日のセルジュは変だったって、とっても心配してたのよ？」
「昨日…」
それを言われるとセルジュは黙るしかなかった。
　昨日、久しぶりにセルジュは、レナと二人でオパーサの浜で話し込んでいた。トカゲ岩で大トカゲのうろこをとってレナにあげた。その後だ。セルジュは突然倒れたのだという。気が付いてから、何か妙な事を口走っていたとも。だが、セルジュはよく覚えていなかった。レナに揺り起こされて、なんだかぼうっとしていたが悪い気分ではなかったし、むしろ、何か胸を締め付けられるような懐かしさと、泣きたいような幸せな気分で満たされていた。目の前のレナが妙に遠くに思えた。
「具合が悪いわけじゃないんだよ。大丈夫、また倒れたりなんかしないから」
セルジュは微笑んで、案ずる母親の肩を軽く叩いた。マージが小さく頷く。
「じゃ、行ってきます！」
セルジュはマージに軽く手を振って家を出た。近所のおばさんたちに愛想良く挨拶し、村を出る。テルミナまでは小１時間というところだろうか。
　村を出たセルジュは、ふと足を止めてオパーサの浜の方に目を向けた。なんだったのだろう？あの言い様のない想い。寄せては返す波のように、ヒタヒタと胸に迫る言葉に出来ない想い。セルジュは眩しい空を見上げ、軽く頭を振った。
　セルジュは背に負った荷物をチラリと見た。今日はマージの織った布と、村の周辺で採った青リンドウの花をテルミナで売り、鍛冶屋で隣のおじさんが修理に出していた銛を受け取り、エレメントを仕入れ、おみやげを買って来なくてはならない。テルミナは今、蛇骨大祭で賑わっているはずだ。子どもの頃にも、蛇骨大祭を見に連れて行って貰ったことがある。家々が花で飾られ、露天が立ち並んでいた。その華やかな街を、龍騎士団が行進する。子供心にも憧れたものだった。セルジュはその賑わう様を思い浮かべ、テルミナへ向かって再び歩き出した。
　テルミナが近付くと、風に乗って人々の歓声が聞こえてきた。明るい音楽が流れ、子どもの笑い声が飛び交う。セルジュは微笑んで、テルミナの街へ入った。
「…だろぉ？俺もビックリだよ」
テルミナへ入ってすぐのところには花屋がある。その奥の方から、若い男の声がセルジュの耳に飛び込んできた。聞いたことのある声のような気がして、セルジュはそちらへ顔を向けた。店の奥の段になったところに腰掛けて、騎士の格好をした若者が女店主と談笑している。
「おめでたいわねぇ。そりゃ、蛇骨様もさぞかし喜んでることでしょう」
「うん、すっごい喜びよう！俺も来年のはじめには"叔父さん"だよぉ」
若者が照れくさそうに笑って頭を掻く。その邪気のない笑顔には、何となく見覚えがあるような気がする。
「グレンちゃんが"叔父さん"になるなんて、あたしも歳をとるわけだねぇ…」
女店主が人の善さそうな笑みを浮かべて頷く。
「それで、俺、兄貴とリデル姉さんに、大好きな青リンドウの花でもあげようと思ってさぁ…」
グレンと呼ばれた若者が、ニコニコと段から腰を上げた。女店主は困ったように首を傾げた。
「あらぁ…それがねぇ…ほら、どこの家でも飾りに花を使うでしょ？青リンドウは切らしちゃってるのよ…」
「ええぇ～」
感情がすぐに顔に出る質なのだろう、グレンが大袈裟なほどがっかりした顔をした。セルジュは女主人の近くまで行って、背にしたカゴをそっと下ろした。
「あの…青リンドウなら、ここにあるよ」
グレンと女主人が、一斉に振り返る。
「えっ？あらま、なんて良いタイミング！」
「良かった～！」
グレンが晴れ晴れとした笑顔を見せる。やはり、この笑顔には覚えがある。だが、名前さえ知らなかったこの若者に、自分は会ったことがあるのだろうか。セルジュは思わず、じっとグレンを見つめた。
「あれ？」
グレンも改めてセルジュを見て首を傾げた。
「…どっかで会ったことあったっけ？」
セルジュは黙って首を振った。グレンは怪訝な顔のまま小さく頷いた。
「そうだよなぁ…君、その様子からするとアルニ村から来たんだろう？アルニ村に知り合いは居ないもんなぁ…」
「…でも、僕も、何となくあなたに会ったことがあるような気がして…」
セルジュがボソリと言う。二人は揃って首を傾げた。女主人がケラケラと笑った。
「おやおや、妙な縁だねぇ。でも、そういうこともあるもんだよ。きっと前世とやらで会ってるのかもね」
「ふーん…」
グレンは曖昧に返事をしたが、セルジュを見てニッと笑った。
「名前、なんて言うんだ？俺はグレン。龍騎士団の、まだ見習いなんだ」
「蛇骨様のお嬢さんのリデル様の義理の弟さね」
女主人が言い添える。セルジュは、ああ、と小さく相づちを打った。リデル様と龍騎士団の団長にして蛇骨四天王のダリオとの結婚のことは、アルニ村でも知られた事実だった。グレンはダリオの弟なのだ、とセルジュにも判った。それでは、先程話していたのは、その二人に赤ちゃんが産まれるという話なのだろう。セルジュは微笑んだ。
「僕はセルジュ。アルニ村で母さんと二人で暮らしてる。今日は村のお使いで来たんだ」
セルジュはカゴから青リンドウを一束取り出した。
「これ、お祝いに上げるよ。さっき、ちょっと話が聞こえちゃったんだ。お兄さんとリデル様に上げて？」
グレンが眼を見張った。
「え！？良いの？」
セルジュはニコニコと頷いた。
「うん、さっきおばさんが言ったでしょ？妙な縁だって。なんか、ほんとに初めて会うって気がしないんだ。だから…」
「かたじけない」
グレンがパッと頭を下げた。女店主がニコニコと二人を見ている。
「じゃあ、残りのはうちで買い取らせて貰うよ。青い花って、この時期は他にあまり無いからね。花飾りのアクセントに、重宝でよく売れるんだよ」
「セルジュ、テルミナはよく来るのか？」
グレンが、貰った青リンドウを大事そうに抱えて言った。
「ううん、僕はあんまり…子どもの頃は蛇骨大祭に連れてきて貰ったりしたんだけど…」
セルジュの返事に、グレンは満足そうに頷いた。
「じゃ、この花の御礼に案内するよ。どうせ今日は非番なんだ。おばちゃん、この花、ちょっと預かっておいてね！間違って売っちゃったりしないでよ！」
「はいはい」
女店主は笑顔で二人を見送った。

セルジュ＆グレン編は終わり