自分らしくないな、とイシトは思った。
ひどく焦っている。迷っている。撤退か、戦闘続行か。
だが、撤退しようにも、万一敵に回り込まれたら取り返しのつかない不利な状況になるだろう事も、彼には判っていた。
いつもなら、こんなギリギリの状態にならないように装備を調え、エレメントを揃え、準備万端で戦闘に備えるのが、職業軍人である彼の習性とさえ言えた。とはいえ、思いがけない連続戦闘に遭遇してしまうこともある。
アナザーの海月海。敵、ハリキュウとミズコアはそれほど攻撃力があるというわけではなかったが、浅いジャブを繰り返すように、確実にＨＰを削っていった。運悪く、こちらの攻撃は続けざまにはずれる。イシトは手持ちのエレメントと、他のメンバー、セルジュ、カーシュの手持ちとをざっと頭の中で数えると、眉を寄せ、口の中で小さく舌打ちをした。回復系のエレメントの残り数が少ない。カーシュは普段から性格的に回復エレメントを装備したがらないし、セルジュの攻撃力を生かさない手はない。そのためこのメンバーでは、回復エレメントの総数がどうしても減りがちになる。他の二人もそれに気付いているのだろう。先程から回復エレメントの使用を控えている。彼らに体力的な余裕は残っていないように思えた。
ハリキュウの黄色属性エレメント「針飛ばし」は、緑属性のカーシュに予想以上のダメージを与えていた。いつも強気のカーシュが腕をだらりと垂らしているのを目の端に捉え、イシトは唇を噛んだ。セルジュも肩で息をしている。このままでは危険だ。とはいえ、イシトの攻撃は同じ黄色属性のハリキュウに、それほどのダメージを与えることが出来ない。それ故に、イシトはなるべくハリキュウの攻撃がカーシュでなく自分に当たるよう位置取りに気を配っていた。
それを油断と言うのは酷だろうか。イシトの注意は、ハリキュウに向けられていた。さして強力な攻撃をしてこないミズコアは後回しでよいと、彼は思っていた。それが、とんでもない間違いであったことを、イシトはすぐに後悔することとなる。
「……セルジュ！！」
叫んだ時には遅かった。ミズコアの「フリーズ」がセルジュに直撃し、セルジュは動けなくなった。このままカーシュまで倒れたら、こんな何でも無さそうなところで力尽きることとなる。
カーシュも同じ事を考えたのだろう。二人は期せずして互いを見やった。しかし、カーシュはすぐに不敵な笑いを浮かべると、手にしたアクスを振り上げた。
「うぉりゃ〜！！」
アクスに、薄緑のオーラがまとわりつく。カーシュは渾身の力を込めて、そのアクスを振り下ろした。
「オーラアクス」。カーシュのｌｖ５固有エレメントだ。放たれたオーラが、ミズコアとハリキュウを捉える。だが、どちらもわずかにＨＰが残ってしまったらしい。
「ちっ」
カーシュが舌打ちしながら、残ったスタミナで一体のハリキュウを直接攻撃で倒す。
イシトは「フリーズ」を警戒し、ミズコアを先に攻撃した。ようやくミズコアを倒し、ハリキュウに目を向けたイシトは再び後悔した。残ったハリキュウが「針飛ばし」の体勢に入った。位置からして狙っているのはカーシュだろう。
「カーシュ！ よけろ！」
叫びながら、イシトは攻撃をキャンセルし、残った力で「ヒール」を使った。緑属性エレメント「ヒール」は、黄色属性のイシトの使用ではそれほどの効果は期待できない。だが、何とかこの攻撃に耐えられる程度には回復できるはずだった。
そして、イシトは同時に、カーシュを庇うべく駆けだした。黄色属性の自分なら、「針飛ばし」のダメージはそれほどの痛手にはならないと判断してのことだ。
「バッカ野郎！ 来るんじゃねぇ！！」
自身は身体の前で腕を交差し、防御の姿勢をとりながら、カーシュはそんなイシトを怒鳴りつけた。
敵呼ばわりされる嫌な出会い方をして以来、二人はこれまでろくに口を利くことがなかった。憎み合っているわけでないことは、互いにとうに気付いていたが、気まずさがいつも間にあった。カーシュとしては、なかなか素直に詫びることが出来ない。イシトにしても、自分から馴れ馴れしく話しかけることが出来ない。
そんな遠慮があったから、怒鳴られたイシトはつい、足を止めた。
「カーシュ！」
足を止めたイシトの目の前で、カーシュを「針飛ばし」が直撃する。
「く……」
カーシュが顔を歪め、膝をつく。やはりＨＰはギリギリだったらしい。それでも何とか持ち堪えたカーシュに、イシトがホッとため息をつく。だがイシトのスタミナは、まだ回復しきっていない。
「……どいてろ……」
カーシュを庇うように立つイシトを押しのけて、カーシュはよろよろと立ち上がった。ふらつきながらもアクスを振り上げ、残る二体のハリキュウのうち、一体を直接攻撃で倒す。だが最後のハリキュウが、再び「針飛ばし」の体勢に入りつつあった。至近距離にいる今、また攻撃を受けたら、今度こそ力尽きるだろう。
「カーシュ！ 危険だ！」
スタミナが堪りつつあるイシトが間に入ろうとするが、カーシュはイシトを突き放した。
「邪魔すんじゃねぇ！」
言い捨てて、カーシュは高くアクスを掲げた。手にしたアクスが、まるでカーシュの一部になったかのようにオーラをほとばしらせる。
「こぉの野郎〜！！」
カーシュはそのアクスを手に、回転しながら敵を斬りつけた。最後に再び高く掲げたアクスが振り下ろされる。薄緑のオーラが次第に霧散し、戦闘は終わった。
いったいどこにこんなパワーが残っていたというのだろう。イシトは驚愕の思いで、カーシュのｌｖ７固有エレメント「ジャイレーター」の炸裂する様を見つめていたが、ホッとすると同時に、がくりと膝を落としたカーシュに気付き、慌てて駆け寄った。
「……大丈夫か？」
俯いたカーシュは、さすがにすぐには返答できなかった。ハアハアと息が荒い。
「まったく……なんて無茶をするんだ！」
イシトは不可思議な苛立ちに襲われ、つい口にした。
カーシュはムッとした表情で顔を上げた。だが、イシトの言うのは正論だ。最後の攻撃は、イシトに任せるべきだったろう。だが、カーシュは手を貸そうとするイシトの手を払いのけて、立ち上がった。
「……俺は、人が無茶すんの見んの、でぇっ嫌ぇなんだよ！」
払いのけられた手を所在なげに握りしめながら、イシトが眉を寄せる。
「無茶をしてるのは君の方だろう。属性の事を考えても、無茶が過ぎる！」
「俺が無茶すんのは良いんだ！」
カーシュが、これまた無茶な言い訳をする。
カーシュはプイと横を向き、少し照れくさそうに頬を染めた。
「大事な仲間がどうにかなるのを見るくらいなら、自分が無茶した方が、ずっと気が楽だ……」
「大事な……仲間？」
イシトがポカンとした様子でおうむ返しに問う。
「それには……私も、入っているんだろうか？」
カーシュは答えず、背を向けたままサッサと残った回復エレメントを自分に使っている。だが、返答を待つようにじっと見つめているイシトの気配を察したのだろう。カーシュは、振り向かずに怒鳴り返した。
「判ってんなら、何度も言わせんじゃねぇ！」
イシトは破顔し、振り向こうとしないままのカーシュの背に向かって敬礼した。
「了解！」
いつの間にか凍結から回復したセルジュが、イシトのそばに立って微笑んでいた。
Ende.
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