　「いい加減にして欲しいものだな、君のその猪突猛進ぶりは。回復エレメントが幾つ有っても足りやしない…。」
カーシュの左腕の傷口を縛り上げながら、イシトが心底うんざりとした調子で言った。
「っつ！イテェじゃねぇか！怪我人には、ちったぁ優しくしろっ。」
カーシュが悪態を吐く。
「仕方ねぇだろ。おまえらと違って、俺は近距離戦なんだから。男は肉弾戦あるのみだ！」
確かに、イシトは離れて銃弾を発射するため、攻撃を受けにくい。セルジュも、刃先の長いスワローを武器とするため、カーシュのアックスに較べると怪我をしにくい。だが、それにしても、とイシトは思う。もう少し、避けることを考えてもいいではないか、と。
「それによぉ、ひでぇじゃねぇか。俺の回復より、攻撃を優先しやがって。おかげでエレメントパワーは使いきっちまうし…。」
「攻撃は最大の防御だ。」
カーシュの愚痴に、イシトはピシリと言い放った。確かに、イシトが残ったエレメントパワーでオーラレインを放たなければ、カーシュはもっと重傷を負っていたはずだった。回復エレメントを使えば癒せる傷とはいえ、その時点では苦痛は確実にカーシュを襲う。それは判っているのだが、カーシュは無言で口を尖らせてイシトを睨み返した。一触即発の険悪な雰囲気だ。それに耐えかねて、セルジュが懇願するように言う。
「ケンカしないでよ、二人とも。それより、これからどうするかだよ、ね？」
回復エレメントを使用できない現状で、カーシュの怪我は思ったより深い。このまま動かすわけにはいかない。イシトは腕組みをして辺りの様子を窺い、小さく溜息をついた。
「この周辺には魔物の気配は無さそうだが、少し進めばザコぐらいいるだろう。ちょっと戦って、エレメントパワーを貯めてくる。そうしたら回復エレメントが使える。」
言うが早いか歩き出したイシトをセルジュが呼び止めた。
「待って！それなら僕が行くよ。」
イシトが怪訝そうに振り返る。
「イシトはカーシュについてて上げてよ。戻ってくるまでは、カーシュの怪我、ちゃんと見てなきゃいけないのに、怪我の手当なんて僕うまくできないし、イシトならそういうのも詳しいでしょ？」
「それはそうだが…。」
「ね！頼んだよ！」
立ち止まったイシトの横を、セルジュはサッサと走り抜けた。
「あ、セルジュ…！」
イシトが声を掛ける間もなく、セルジュの姿は木陰に消えた。イシトは大きく溜息をついた。
「まったく…世話の焼ける…。」
イシトは文句を言いながら、カーシュのそばに戻って手近な石に腰掛けた。カーシュもフッと小さく息を吐き、だらりと木に寄りかかった。どうやらセルジュの前では強がって見せていたようだが、傷はかなり痛むらしい。少し気持ちの落ち着いたイシトは、改めてカーシュの傷口を覗き込んだ。上腕を縛り、止血はしたが、まだ血は完全には止まらない。魔物の爪で抉られた傷は、かなり深い。だが、カーシュはうめくでもなく、黙って眼を閉じて木にもたれている。イシトは、何となく腹立たしくて、ついまた憎まれ口を叩いた。
「私はともかく、セルジュが、何故君のような横柄で横着で横暴な男をいつも連れて歩いているのか、理解に苦しむね。」
セルジュはこのところ、いつもカーシュとイシトをメンバーに選んでいた。属性などのバランスはとれているし、イシトも別に本気でそれを不満に思っているわけではなかった。だが、痛みに耐えているためなのだろう、いつもと違って大人しいカーシュを黙って見ているのは、何となく耐え難い。カーシュはフンと鼻を鳴らした。
「小僧は、俺になついてるんだ。あったり前だろうがっ。」
カーシュらしい言い方だが、声はさすがに弱々しい。イシトはカーシュの顔を覗き込むようにして言った。
「いくらセルジュがヤマネコの姿だったからって、それは犬猫みたいな言いようだな。」
「こまいこと言うなよ。っるせぇなぁ…。」
カーシュの顔がかすかに歪んだ。
「…痛むのか…。」
イシトの問いに、カーシュは答えず、また眼を閉じた。溜息をついたイシトが頭上を見上げると、チラチラと木漏れ日が眩しい。それが、カーシュの幾分青ざめた顔に映って痛々しい。イシトは腰掛けた石からずり落ちるようにして、カーシュのすぐ横に並んで腰を下ろした。
「…さっき、何故、よけなかったんだ？」
この傷を負ったとき、カーシュは突進してくる敵の前に立ちはだかるようにして向かって行った。
「君ならよけられたはずだろう。」
カーシュは答えない。
「一旦よけてから、それから体勢を立て直して戦えば、怪我は避けられたはずだ。」
カーシュは黙ったままだ。
「…その先に、私とセルジュが居たからか…？」
カーシュはじっとしている。
「…そうなんだな…。」
「…思い上がんなよ…。」
カーシュはようやく口を開いた。うっすらと眼を開け、正面をぼんやりと見つめている。
「おまえなんかのためじゃねぇ。それが俺の流儀だからだ。」
イシトは黙ってカーシュの血の気の失せた横顔を見つめた。
「騎士ってヤツはそうやって戦うもんだ…。それによぉ…俺は、忘れたくねぇんだ…あいつらも生き物だってことをな。斬りつければ、あいつらだって痛い。俺と同じように、あいつらも痛い。それを…忘れたくねぇんだ…。」
イシトは俯いた。それも理由には違いない。だが、判っている。やはり本当は、カーシュは自分とセルジュを庇ったのだ。いくらイシトの射撃の腕が正確だと言っても、突進されて至近距離に来られたら危険である。
「…馬鹿だな…。」
イシトは、それでもつい、呟くように口にした。
「…馬鹿たぁなんだよ…！」
カーシュの反論も力無い。怪我のせいもあるが、カーシュにも、イシトが本当は理解していることが感じられていたのだろう。
「無茶をするな…。」
イシトがカーシュの顔を覗き込むように言った。カーシュが眼を開けてイシトを見返す。
「あまり無茶をされると、こっちが迷惑だ…。」
イシトが苦笑混じりに言うと、カーシュもかすかに笑い返した。
「ああ、心しておくよ…。」
遠くから、セルジュの声がする。
「カーシュー！イシトー！大丈夫ー！？」
「ちゃんと生きてるって言ってやれよ…。」
カーシュが力のない声で笑った。イシトも笑いながら立ち上がり、セルジュに声を返した。
「大丈夫だ！」
カーシュがフーッと息をついた。イシトはカーシュの脇に立ち、独り言のように言った。
「同じ生き物か…。私も、せめて苦しまないように、一発で息絶えるように撃つことにするか…。」
カーシュはちょっと驚いたようにイシトを見上げたが、すぐに、いつもよくするように、口をへの字に曲げておどけたように笑った。

ＦＩＮＥ．