砂に埋もれた真実

　「…キッド！　ここにいたの？　もう夕食だからって、探してたんだよ？」
岩陰から顔を覗かせたセルジュの顔が、夕陽に染まる。その岩陰の砂浜に腰を下ろしたキッドは、一瞬うれしそうにチラリとセルジュを見たが、すぐに水平線に眼を戻した。キッドの頬も赤く染まっている。
「…ああ、わかった」
そう言いながらもすぐには腰を上げないキッドに、セルジュは苦笑して隣に立ち、顔を覗き込む。キッドは照れくさそうに、怒ったような顔をしてみせる。些細なケンカは、いつもこうしていつの間にか終わる。もっとも、キッドの方が一方的に怒りだして始まるのだから、セルジュにすれば良い迷惑だったが、彼はキッドの物言いにも慣れていて、黙って微笑み返した。
　潮風になびくキッドの金髪が夕日に染まり輝く。いつも粗暴なキッドだが、こうしていると、やはりきれいだと思う。
「何を見てるの？」
「…別に…」
キッドはわざと素っ気なく答えた。セルジュは小さくため息をついた。
「…隣に座って良い？」
キッドは視線はそのままで、わずかに頷いた。セルジュはキッドに並んで砂浜に腰を落とした。
「…あ！」
　セルジュが手をついた砂の中で、偶然触れたキッドの手が逃げるように動いた。キッドの眼がセルジュを捉え、少女らしい恥じらいを浮かべる。
　何がセルジュを勇気づけたのかわからない。いつもは慌てて放してしまうその手を、セルジュはギュッと握りしめた。キッドの眼が驚いてセルジュを見つめる。セルジュもじっと見つめ返す。砂の中のキッドの手が、握られたままおとなしく動きを止めた。キッドを見つめたまま、セルジュがゆっくりと近付く。キッドは動けなかった。伏せたまつげがわずかに震える。セルジュの唇はそっとその頬に触れた。キッドはピクリとかすかに身を震わせたが、それ以上は動かずにじっとその唇を受けた。
　やがてゆっくりと離れたキッドの、伏せたまつげが金色に光る。その頬はほんのりと赤く染まる。それは夕陽のせいだけではなかった。
「…ひんやり…」
目を伏せたまま、セルジュが触れた自分の頬にそっと手を当ててキッドが呟いた。思いがけない言葉に、セルジュは一瞬驚いたように目を見開いた。
「…もっと熱いのかと思ってたけど、なんかひんやりしてるんだな…キスって…」
照れ隠しもあるのだろう、キッドはちょっとぶっきらぼうな言い方で、言い訳のように言葉を継いだ。セルジュは、その言葉が、あの炎の孤児院で幼いキッドが口にしたものだったのに気付いて、すぐに微笑んだ。
「潮風のせいだよ…ひんやりして感じるのは…」
本当はそれだけキッドの頬がほてっていたのだろうが、それを言えばキッドは素直でいられないに決まっている。現にセルジュが意味ありげに微笑んだだけで、キッドはもう、軽く口をとがらせている。
「何だよ…？」
キッドは知らないのだ。あの炎の中で自分を助けた少年が、目の前のセルジュだったなどと。
　セルジュは小さく首を振った。
「…ホントは、ひっぱたかれるの、覚悟してたからさ…」
キッドは真っ赤になってうつむいたが、すぐにわざと口の端を上げて睨んで見せた。
「なんなら、今からだって、月までぶっ飛ばしてやっても良いんだぜ？」
いかにもキッドらしい照れ隠しのセリフに、セルジュはクスッと笑った。だが、彼はすぐに真顔に戻ってキッドを見つめた。
「良いよ。君が本当に、ボクのしたこと、怒ってるんなら…」
そんな風に開き直られては、キッドも殴るわけにいかなかった。赤い頬を更に赤く染めて、キッドは子供のような仕草でそっぽを向いた。
　赤く染まって見える金髪。頼りなげな肩。

炎の中の、幼いキッドの姿が脳裏によみがえる。

『ひんやり…あなたのほっぺ…』
『行かないで！！』

あの時、あのまま幼い君のそばにいられたら、君はこんなに苦しまずに済んだのだろうか？

　不意にキッドが振り向いて、じっとセルジュを見つめた。砂の中で握りしめたキッドの手を、セルジュは更に強く握った。
「ここにいるよ…ずっと…」
キッドの眼が、少しいぶかしそうにセルジュの瞳を覗く。
「隠者の小屋で、君も言ったね？　ここにいるって」
きついくらいにセルジュを見つめていたキッドの眼が緩む。セルジュはそっとキッドの肩を抱き寄せた。
「ずっとここにいるよ。ずっと君のそばにいる…もう、君を一人にしないから…」
セルジュの肩に額を寄せたキッドの金髪が潮風に舞う。

ずっと一人だった。
ずっと探していた。
誰を？
誰を探しているのか、自分でもわからなかった。
でも、それはきっと、セルジュ、おまえだったんだ…。

「…ここにいるよ…ずっと…」
キッドも小さな声で、呟くように言った。

次の瞬間にはもろくもその姿を留めない波に遊ばれる砂。
同じように運命に翻弄される、僕たちの明日もまた儚い。
けれど、この砂の中で握った、君の手のぬくもりは真実。
ずっとそばにいると、語る言葉は真実。
この胸に抱く想いは、きっと真実。
今、この時には、すべてが、紛れもない真実―――。

Ｆｉｎｅ