暴走を続けるイーファの樹。迫り来る枝をよけながら、ジタンは、ようやくその奥に横たわるクジャを見つけた。
　クジャは、傍らに立つジタンを力無く見上げた。
「なんで、来たんだ…？キミには待っててくれる人がいるんだろ？ボクとは違う…」
ジタンはいかにも当たり前だというように、腕組みをして微笑んだ。
「誰かを助けるのに、理由がいるかい？それに、おまえはボクたちを助けてくれたじゃないか…」
クジャはわずかに眉を寄せた。
「おまえのしたことは、間違ってる。でも、オレ、ひとつ感謝してることがあるんだ。おまえがオレをガイアに捨ててくれたから、オレはいろんなことを知ることが出来た。今、こうして…そうだな…かなり悲惨な状況だけど、それでも、ちょっとばかり幸せな気分でいられる。それも、いろんな人に出会って、いろんな思いを知ったからだ。それは、クジャ、おまえのおかげなんだ…」
クジャは無言のまま、ジタンを見つめた。
「オレは、見つけることが出来た。"いつか帰る場所"。オレを待っていてくれる人たちのいる場所…」
「…あの、お姫様のところ？」
クジャのかすかに笑いを含んだ声に、ジタンはちょっと驚いたように眼を見開いた。
「ああ！…そうか、そうかも知れない。うん。ガーネットも、ビビも、エーコも、きっとスタイナーのおっさんも…みんな、今ではオレの"帰る場所"かも知れない…。でも、やっぱりタンタラスのアジトだな。ブランク、マーカス、シナ…何も言わなくても判ってくれる仲間がいて、オレを育ててくれた人がいる」
「…幸せなヤツだな…」
クジャが呟く。ジタンは、そのクジャの顔を覗き込むようにして言葉を重ねた。
「ああ、オレは幸せだった。苦しいこともあった、辛いこともあった。でも、それでもオレはいつも幸せだったんだって、今、すごく思うよ…」
「…」
眼を逸らすように横を向いたクジャに、ジタンは微笑んだ。
「ゲノム達も、"帰る場所"を見つけたんだぜ！…クジャ…おまえにも、オレがきっと見つけてやるよ！」
クジャが驚いたような眼をジタンに向けた。ジタンは力強く言った。
「きっと見つかる。おまえの"いつか帰る場所"。…おまえはずっと一人で苦しんできたんだよな…でも、おまえはオレを助けようとしてくれた。だから、おまえだって、もう、オレの"帰る場所"なんだ。今のおまえなら、きっと"帰る場所"を見つけられる。それまで…オレがおまえの"帰る場所"だ」
クジャがかすかに笑った。
「…なんだよ。オレじゃ不満だってか？」
わざとおどけて言い返すジタンに、クジャが哀しげに首を振って微笑む。
「ボクには、もう時間がない…」
「あきらめるなよ！！」
ジタンは思わず叫んでいた。
「オレはあきらめない！立てよ！一緒に帰るんだ！」
「ジタン…」
クジャは、腕を引っぱるジタンに引き起こされた。
「歩けよ！おまえを置いて、一人で帰れるかよ！…一緒に行こう。生き直そう。…今からだって…ほんの束の間だって…クジャ、おまえ自身として生きるんだ！」
「ボク…自身…？」
ジタンの肩に支えられ、引きずられるようにヨロヨロと１、２歩進んで、クジャは呟いた。
「おまえにも、やっと解ったんじゃないのか？生きるって事。創られた命でも、どんな目的で創られたとしても、オレたちはもう自由だ。残された時間がどれだけでも、クジャ、生きよう…！」
クジャはもう、何も言わなかった。ただ、黙ってジタンに支えられて歩き続けた。時折、がくりと膝が落ちそうになる。ジタンはそれを支え、また二人は歩き続けた。遠い彼方の"いつか帰る場所"へと。
　ジタンは歌った。いつかガーネットが歌ってくれたあの歌。自分自身を力付けるために、そして意識が薄れ行くクジャのために、ジタンは静かに歌った。誰もクジャに歌ってやらなかったことだろう。ジタンは子守歌のように歌い続けた。それが、クジャを"いつか帰る場所"へ導いてくれることを祈って―――。

ＦＩＮＥ．