王都なでしこ１

「そっち何人？」
「適当よ。立食だもの、別にいいわよね」
「主賓席だけはきっちり１１人分用意してね。陛下も入るから、適当はダメよ」
（手抜きを覚えるのは一人前になった証だな）
　エドガーは、フィガロ城の大ホール内で慌ただしく駆け回りながらも、一向に口の勢いの止まらないメイド達を物陰から苦笑した。春の訪れを喜んだ３月もあと２日で終わる。蠍を恐れたオリオンが砂漠の夜の支配者でなくなってから流れた時間は短いようで長かった。世界が崩壊してからまだ２年しか経っていない。破滅に向かった去年の、ずっと一緒に戦った仲間達と再び会う約束から１年も経つというのに、復活に向かった今年の、彼らのいない時間が退屈だったのかもしれない。季節が巡る度に遠くなってゆく思い出が、今年もまた蘇る日が待ち遠しかった。４月１日、エドガー主催のパーティがフィガロ城で盛大に執り行われる。
（そう、１１人だ。俺も含めて）
「あら、エドガー様」
　メイドの一人がホールの隅の柱の影でニヤついていた彼を見つけてわざとらしく大声をかけた。手抜きしていたメイドが瞬間的にバツの悪そうな顔をするのを彼は見逃さなかった。
「やあ、覗き見は失敬だったかな」
「いえ、とんでもありませんわ。陛下直々に監督をしていただけるなら、これほどやりやすいこともありませんもの」
（見てないで働けということか。やれやれ、最近のレディは手厳しい）
　エドガーは取り敢えず自分も座る予定の主賓席を見た。パーティは立食のため、ただ単に椅子がしつらえられただけだが、１１人分あるのがやけに感慨深かった。
「そうだ、君達に連絡があってね」
　彼は首を傾げるメイド達に、残念さを隠そうともしなかった。
「椅子は10個でいい。一人来られなくなってね。ロックが急な用事で忙しいそうだ」

「エドガー！」
　ティナは迎えのチョコボを降りるなり、エドガーに駆け寄ってきた。半年ぶりくらいに見る彼女は、フィガロの無限の金砂に圧倒されることもなく、一人の人間として堂々と、一人の女性としてどこか潔かった。２年前とは見違えるようだった。
「やあティナ、よく来てくれたね。君が一番乗りだよ」
「ふふふ、子供達も連れてきちゃった。みんなお城なんて始めてだもの、一度でいいから連れてきてあげたかったの。ここに自分たちを助けてくれた人達が明日集まるんだ、ってとても嬉しそうよ！」

「よう、兄貴！」
　マッシュは予想通り徒歩での帰還だった。再会の喜びを隠そうともしない無邪気さがエドガーには羨ましく、しかし、妬ませない魅力が自慢の弟だった。どんなに時が過ぎても、きっと彼は変わらない。
「マッシュ、久し振りだな！　もしかして一番乗り狙いだったか？」
「当たり前！　だろ？」
「ティナに負けたな。15分差だよ」
「あー!?　こいつら連れて来るのに探し廻ってなきゃよー！」
「悪かったでござるな」
マッシュの背後にいたカイエンが言った。久し振りに見る彼は、やはり異国の剣士特有の威圧感が凄まじかった。
「ようこそカイエン。長旅でお疲れだろう」
「かたじけないエドガー殿。拙者…」
「ガウ、腹減った！」
　割って入ったのはガウだ。彼の相変わらずの野生児ぶりは一生変わることはないのだろう。だからこそマッシュとこれほどまでに打ち解けられる。
「ははは、ガウ、夕食まで我慢してくれないか？　ほしにくだったら99個あるけどな」
「…もらおうか。インターセプター」
　シャドウは愛犬と共に先に城内へ入って行った。彼は前より少し話すようになった。いつもなら黙って一人で行ってしまうか、エドガーが呼んでも来なかっただろう。それが嬉しかった。
「…なんだ、どいつもこいつも勝手な奴らだな！　まったく、協調性ってもんを知れよ！」
　マッシュの口調は楽しくて仕方ないようだった。エドガーは腹を抱えて笑った。

「おっす色男！　来てやったぞ！」
　リルムは背が少し伸びただろうか。もともと癖毛の金髪を、エドガーくらいに伸ばすんだと意気込んでいたのが懐かしい。そういえば、髪の長さも変わったせいか、２年前よりすっかり女らしく見えるのが不思議だ。
「リルム、大きくなったね。少しレディに近づいたかな？」
「ふーんだ！　あたし、元からレディだもん！」
「これリルム、食ってかかるのはよさんか」
　ストラゴスはめっきり老けた。しかし、老いたからこそ魔術師としての品格が光るようになった。
「ストラゴス、遠いところをはるばる疲れただろう」
「礼には及ばんて。なんせこのウーマロの方がもっと遠い所から来てるんだゾイ」
　ウーマロは何も言わず、ただその巨体をのそりのそりと動かして城内へ入ろうとしていた。食べ物の匂いでもしたのかな？　夕食の準備を急がせなくては。

「久し振りだクポよー！」
「や、やあモグ…　よく来たね」
　モグは大勢でやって来た。まるでぬいぐるみの大群のようで、エドガーにはどれが本物のモグか分からなかった。

「飛空艇の置き場所に困るんだが」
　到着早々苦情を洩らしたのはセッツァーだった。いかにもこの男らしい。
「砂でエンジンの具合が悪くなっても、メンテくらいならいくらでもやるが？」
「やれやれ、これだから機械慣れしてる奴は困るよ」
　彼が笑ったので、エドガーは思い出した。そういえば、フィガロにカジノを置く約束をしてたっけな。今はまだ原案でさえ大臣達には話していないが、今度カードで勝負しようか。勝ったら費用の半分は彼の負担ということで。
　セッツァーが視線を逸らし、周りを気にする素振りを見せたのでエドガーは少し気になった。
「誰かお探しかな？」
「セリスは来てないのか？」
「ああ、まだだな。一番最後じゃないのか？」
「ロックの姿もないな」
「今年は来られないと連絡があった。まあ、一年後じゃなくてもそのうち会えるさ。ここにはいつもふらっと来るんだ」
「そうなのか」
　セッツァーが口元だけで軽く笑った。
「おいおい、何か企んでるのか？」
　エドガーの苦笑混じりの問いに、彼はまあな、と軽く返しただけだった。

「久し振りね」
（彼女は本当に変わった）
　一目見てまずエドガーが思ったのはそれだった。セリスは短命の桜に似ている。再会の瞬間、これ以上ないほど嬉しそうな顔をすると、またたく間に目を伏せて長い睫毛の影をつくる。バルコニーからこちらに手を振る面々の中にロックの姿がないからか、それでも懸命に喜びを全面に押し出そうとしていたが、どこか無理しているようで複雑な笑顔だった。しかし、その翳りが、かえって彼女の華やかな美貌と相まって魅力的に思えた。悲しみを彩る儚さは彼女に似合わないとしても。
「よく来たねセリス。長旅で疲れたかい？」
　彼女はエドガーの質問に首を横に振るだけで答え、周囲を見回した。
「…わたしの他には、もうみんな来ているの…」
（ロックが来られない理由を知らないのかな？）
　エドガーでさえはっきりと連絡を受けているわけではなかったが。彼は親友のために取り繕ってみせた。
「君で最後の予定だけどね。でもいつ何人増えるか分からないんだ。俺の客はいつも気まぐれだから」
　彼女は彼の胸に額で寄りかかり、ただ少しだけ笑ってみせた。
「…知ってるわ」
「ロックは今少し忙しいらしいと…」
「少し期待しちゃったけどね」
「大丈夫かい？」
「…ありがとう」
　顔を上げた彼女は逆に清々しかった。
「気まぐれ屋さんはここが大好きなんでしょ？　いつもより、ちょっと長居しちゃおうかな」
（いい女になったな）
　エドガーは城内に入って行く彼女の、まっすぐに伸びた背筋になんとなく見とれていた。

　夕食は楽しかった。久し振りに再会した、極限状態を共に生き抜いた戦友達は皆変わっているようで昔のままだ。わたしはどうだろう。変われたかな。明かりがなければ夜空は迷いのない漆黒のままでいられるが、月光は容赦を知らないのではなく、自身の明るさを知らないがために世界に影をつくりだす。
（帝国の将軍だった頃は、わたしはもっと強かったわ）
　セリスは城中が寝静まった頃を見計らって部屋を抜け出した。眠ると嫌な夢をみてしまいそうな気分だった。疲れれば夢もみないくらいぐっすり眠れるかもしれないので、なんとなくフィガロ城を歩き回ることにした。月に照らされる砂漠の様式美は素晴らしかった。
（子供じみた無知の強さ。彼を知らなかったから、すべてを知らないままでいられただけ。寂しさも、愛しさも、守りたいものも。彼はきっと、自分がわたしをこんなに変えたなんて気付いていないんでしょうね）
　彼女はバルコニーで足を止め、柵に肘をついてひとりごちた。
「会いたいな…」
「俺でよければ」
　突然背後からかけられた声に、セリスは思い切り驚いて振り返った。
「どうした？　背中が隙だらけだったぞ」
「もう、脅かさないでよセッツァーったら」
　セッツァーは面白そうな玩具を見つけた子供のような笑い方をして、セリスの隣の柵に背中でもたれかかった。こうして近くでみてみると、最初はあまりいい印象でなかった顔の傷も、彼の豪胆な魅力に華を添えているアクセサリーに思える。逆にこの傷を取ったらこの人はどんな顔になるだろうか。あまり想像つかないのが不思議だった。
「当ててやろうか。俺のことを考えてる顔だ」
　セリスは思わず顔が紅潮するのを感じた。夜でよかった。
「それがあなた流の相手の心の読み方なのね。ギャンブラーも心理学者も紙一重だわ」
「ついでに晩飯のとき何考えてたかも当てられるぜ。あんまり食ってなかったろ」
　セリスが思わず押し黙ると、彼は得意気になって言った。
「あんたは分かりやすいんだよ」
　彼女は、セッツァーがまるで彼女をバカにしている気がして少しむっとなった。
（この人、そんなにわたしのことばっかり見てるのかしら）
「こんな夜中に、わたしと読心術の練習するためにここに？」
「いや、眠るのがなんとなく勿体なく思えてな。適当に歩き回ってたら、どこかで見た懐かしいシーンに出くわしたわけさ」
　セリスは更に顔に血がのぼるのを感じた。
「遠くにいる恋人を想って、姫君は月夜のバルコニーから花を投げる」
「砂漠には投げるべき花が咲かないわ」
「ま、俺が用意出来るのは、姫君を奪おうとする敵役くらいだな。…なあ」
　彼女が気付いた時には、セッツァーはすでに彼女の背後にまわっていた。
「ちょっ…！　セッツァー！」
「明日、勝負しようぜ」
肩を抱かれ、耳元に囁かれた声に、彼女の心臓が思わず大きく撥ねた。
「あんた自身を賭けてな」
　セリスは抵抗する言葉を失っていた。本当なら突っぱねて当然のこの申し出を、しかし、彼女は疑問を持ちながらもなんとなく断れなかった。

to be continued…
　
　