王都なでしこ ３ |
| ｂｙ maxell |
晩餐は贅沢極まりなかったが、セリスとセッツァーはまだ姿を現さなかった。二人がいない間にも、白手袋をした召使いがそれぞれのコースに合ったワインを用意し、アンティーブのサラダを取り分け、アスパラに白いトリュフソースをかけ、子羊の背肉を切り分けた。そして、完璧なサービスにより、もうデザートのためのコーヒーとブランデーの用意が始められている。 （勿体ないわ） ティナは人がたくさんいる場所があまり得意ではなかったが、今日ばかりはうきうきする気分を止められなくて、見知らぬ人から声をかけられても普通に応対するくらいは余裕でできていた。何よりも、仲間達がいるし子供達もいる。一人ではないから、どんな人とだって話せる。話してみたい。心強さは彼女の飽くなき興味を刺激した。 （でも、残念だわ。二人ともいつ来るのかしら。セリスとセッツァーって、こういう華やかな場所に慣れていそう。一緒にいてくれたらもっと心強いのに。確かに楽しいけど、わたし、やっぱり少し気後れがする） そのとき、彼女の目の前を、シャンパンのグラスを片手に持ったマリア嬢が横切った。 「セリス？」 思わずティナは声をかけたが、マリア嬢は自分が呼ばれたのだと気付かなかったらしく、人混みの中にさっさと消えてしまっていた。代わりに、先程までマリア嬢の隣にいた中年太りも甚だしい成金趣味の男がにこにことえびす顔でティナに寄ってきた。左手にケーキとアイスクリームが山と盛りつけられた皿を持っているのが妙に似合っていた。 「やあお嬢さん。飲んでますかな？」 やたら陽気だった。ティナでなかったら、王宮の晩餐に酔っ払いに来た恥知らずと思ったことだろう。由緒正しい人間は遠慮を美徳とするが、自分がいかに金持ちかを自慢する新興成金は、ルールを知らない無礼者で通るのが上流社会の常である。しかしティナは、この人なんだかコジャってモンスターに似てるとしか思わなかった。 「ええ、でもワインって苦くて好きになれないわ。お水の方がおいしいもの」 「砂漠で水とはお嬢さんも贅沢ですな。あっしは商用でフィガロに来るといつもこう言うんですわ。"腐った水で砂金を買え"」 仏像顔の男は、自分の金言にげらげらと笑った。 （なんだか… 変な人） ティナは彼の言っている意味がよく分からなくて、それより、人混みの中に消えていったマリア嬢のことが気になっているのだと伝えたかった。しかし、彼はそんなティナの意味ありげな視線の意味を見事に取り違えて、食べかけのデザートの皿を使いかけのスプーンごと差し出してきた。 「ああ、これですかな？ 苦いワインの後ですからなあ、そりゃ甘いものも欲しくなるでしょうな。あっしは可愛い女の子にはいつもこう言うんですわ。"ほどほどにね。太っちゃうから"」 彼はいちいちげらげらと笑った。 「じゃなくて、あの、さっき一緒に歩いてたあの女の人…」 「あ、マリアちゃんですかな？ カワイイでしょ。さっきサウスフィガロでばったり会っちゃいましてねえ。せっかくだから一緒に来たんですが、どうしたんでしょ。お嬢さんのお知り合い？ 生き別れのお姉さん？ あっしは初めてのお客さんにはいつもこう言うんですわ。"人類みな兄弟"」 （なんだ、セリスじゃなかったのね。じゃあ、どこで何してるのかしら。もう９時になるわ。パーティーが終わっちゃう） 彼がまたげらげらと笑っている中、ティナはやはり周囲を目で追い続けたが、どこもかしこも人だらけでセリスもセッツァーも見あたらなかった。あ、そうだ。子供達にアイスクリームを持っていってあげなくちゃ。頭に突き刺さるようにひらめいたそのアイディアにより、ティナは、目の前で笑い転げる男も未だ姿が見えない二人もどうでもよくなった。 指先に気合いを集中させる。透明なプラスチックでできたスクエアカットのスカルプチュアを大小１０個、自分の爪に当てて、形に合わせてやすりで削る。戦いを知る彼女の手はどちらかといえば大きく、指が長く、骨っぽい。爪は細く、長く、面積が広い。攻め気な色の映える手だ。彼女は粒子の細かいゴールドパール入りの深紅を選んで一つ一つのスカルプチュアに塗っていった。しばらく乾かして、もう一度塗る。むらがなくなり、色出しは完璧に近くなる。次いで、乾ききらないうちに、繊細さのない大粒のラインストーンをピンセットで丁寧に置いていった。爪の根本にあたる部分に大きなラインストーンを置き、爪の先にあたる部分に向けて徐々に小さなものを、右側に弧を張った弓形の線上に並べてゆく。 （わたしはわたしのやり方で） 自爪に専用の接着剤を塗り、甘皮につかないように出来上がったばかりのスカルプチュアを左手の小指から順に乗せていくと、馴染みの薄い色と形に指先を支配され始めたような、奇妙な錯覚に陥った。自分の思い通りに動く、自分のものではない自分の手。 （別のわたしを作り上げるんだ。今日だけしかいない、偽物のわたし） フェイクネイルはほぼ完璧に近い出来映えだった。手の甲を鏡に向けると、きつい赤のベースは彼女の唇と同じ色をしていた。 （…ショータイム） 午後10時40分。召使い達はこの時間までに男性に葉巻を、女性には香水を配り終える必要があった。それというのも、11時から始まるとあるイベントのために、ホールをセッティングし直さなければならないからだ。トトカルチョも設けなければならない、賓客を最後までこの楽しい夜の生き証人に仕立て上げるために。エドガーは少しだけ急いで指示を出したが、にやにやと緩んでしまう表情を止められなかった。 「楽しそうですわね。国王陛下」 エドガーは、最初セリスが気取って話しかけてきたのだと思ったが、よく見るとマリア嬢だった。淡い玉虫色に光るワンショルダーのドレス、白い手袋に、今は長く華奢なキセルを持っている。おや？ ノドは大丈夫なのかな、歌手がタバコなどをふかしては？ 「楽しむのが目的のパーティーですからね。ええと、マドモアゼル…？」 「マリアと申します。オペラ歌手をしておりますの。以後、お見知りおきのほどをよろしくお願いいたしますわ、エドガー陛下」 エドガーは差し出されたマリア嬢の手の甲にキスした。知ってるよ、よく似た人が知り合いにいてね、それはそれは親密な仲なんだ。 （知らないフリはちょっとワザとらしかったかな？ 二年前、会っていたかもしれないのに） 「知らないフリはちょっとワザとらしいですわ。二年前、助けていただいたでしょ？」 エドガーは苦笑した。 「それで、御用向きは？ マドモアゼル・マリア」 「私、前々から、二年前に助けていただいた時のお礼をしなくてはと思っていましたのよ」 マリア嬢はいたずらっぽく微笑んだ。二年前の礼か。本当なら、俺より彼女に真っ先にすべきなんだが、まあ、こんな場じゃなかったら、後で俺個人にしてくれた方がどっちかっていうと…… （マズいか。いくらなんでもそれは） エドガーは自分が偉大なる王サマであることを自覚し直した。 （『国民ア然！ フィガロ王室、吹き荒れるスキャンダルの嵐で大テンパイ』） 立場は考えないと。 「礼だなんて、とんでもありません。国民を助けることが私の努めですからね」 「では、お礼としてでなくてもいいのですわ。私はただ、楽しいパーティーをもっと楽しくしたいだけですもの。11時のイベントの前座で構いませんわ。一曲だけ、歌わせていただけないかしら？」 （『国王ア然！ 美人オペラ歌手Ｍ、見事な肩透かしで盗塁ホームラン』） エドガーは自分が結構期待していたことに今度こそ深めに苦笑し、近くの召使いにステージのセッティングを指示した。まあいい、ハデにやろう。どうせ楽しくてナンボの夜なんだ。 マッシュは窮屈な正装を纏って、愛想笑いで貴賓の前で上品ぶるのが嫌だったので、始終ティナやカイエン達と一緒にいた。おかげで、その名も高きフィガロ王弟殿下とそのユカイな仲間達は一体ドコのドチラ様だろう？ もしかして一年前に世界を崩壊から救ったヒーロー？ 救世主？ 何でもオッケー、さあ、いざインタビューを取りにゆかん！ とスク１ープ欲に目がくらんだ記者群の格好の標的になってしまった。 （あ、兄貴い〜） マッシュは止む様子のないフラッシュについ泣き言を洩らしてしまいそうになったが、次の瞬間、自分の置かれた不幸な境遇なんかどうでもよくなった。 あんぐりと口を開けてただ呆然とするマッシュの目の前で、というか仲間も貴賓も記者も含めた全出席者の前に、エドガーがセリスの手を引いてやってきた。エドガーの握るセリスの左手の、その薬指には美しい指輪がはめてあった。 国王の妻、要するに王妃の証であるフィガロ家の至宝だった。 To be continued… |
マク・コレ2001春夏（あんまり深く考えられるとセンスないのモロバレです・笑）
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