　「あれか？あの黒い髪の。」
パレポリ特殊部隊「黒き風」隊長イシトが、喧噪の中を歩く、一人の女性を車窓から小さく指差す。
「はい。ナツ・イヨギ。ヤスパース国要人ビラルド・ホンジョーの秘書官と聞いてます。最も実際は、身の回りの世話役という所のようですが。」
隊の紅一点、部下"４（フィーア）"の返答に、イシトは頷いた。
「よし。周囲に怪しまれぬように、接触を図れ。うまく例の場所に同行してもらえよ。」
「はい。」
"４"は頷いて車を降りた。"２（ツヴァイ）"がその後ろ姿の先にいるナツ・イヨギをマジマジと見つめた。
「…エキゾチックって言うんですかね。なかなかじゃないですか。ま、どうせボスの愛人を兼ねてんでしょ！」
イシトがチラリと"２"を睨み、またかというように溜息を吐いた。
「憶測で失礼なことを言うな。調査によると、彼女は大使館での祭事も担当しているらしい。誇り高き巫女だ。」
"２"がイシトを振り返る。
「祭事？巫女ですか？」
"１（アイン）"が調査報告書を広げる。
「…ヤスパース国独自の信仰らしい。よくわからんが、祭壇の前で歌うとか、踊るとか、そんなところじゃないのかな？」
それを聞いた"２"はもう一度、雑踏の中のナツ・イヨギに目を移した。
「ふうん…。そう言われてみると、そういう雰囲気たっぷりだなぁ…。あの黒い髪と眼。東洋の神秘ですねぇ…。」
"２"が同意を求めるようにイシトに声を掛けたが、イシトは腕を組んで考え込んでいた。本当なのか。ヤスパース国のビラルド・ホンジョーと、パレポリ軍高官との癒着及びクーデター計画。相手は、確実な証拠を握らねば手を出すことさえかなわない、高い地位の人物だという。
「まずは、情報だな…。」
イシトは、先程眼にした喧噪の中のナツ・イヨギをチラリと振り返った。なんとしても彼女の協力を得、情報を探らなければならない。そのために"４"に接触を命じた。
　イシトは"４"がナツ・イヨギに声を掛けるのを確認し、その場を後にした。