　「きっと来てくれると思っていたわ。」
イシトを見上げて、ナツが涙を浮かべた顔をほころばせる。
「怖い思いをさせて、済まなかった。」
イシトの手が、ナツの黒い髪を軽く撫でる。ナツは首を振った。
「いいえ。あなたが来てくれると信じていたから…。それより、ミスタ・ホンジョーは？」
イシトは、先程の"５"の苦戦を思い出した。
「まだ見つかっていない。どこかに潜んでいるらしい。君も無事見つかったことだし、私もすぐ応援に向かうよ。一部で、まだ苦戦が続いているらしい。」
ナツはわずかに顔を曇らせた。
「皆さん、大丈夫かしら…。」
イシトがナツの頭を抱えるようにして、軽くその額に口づけた。
「大丈夫。私の部下は、皆、精鋭揃いだ。滅多なことでやられはしないよ。…３階と言っていたな…。危険だが、君をここに置いていくわけにも行かない。さあ、行こう！」
イシトはナツの手を引いて、走り出した。
　苦戦していると言った３階。銃声はすでに止み、どうやら銃撃戦は終わったらしい。ここにビラルド・ホンジョーと、パレポリ軍ギュンター将軍が立てこもっているのだろう。イシトが駆けつけると"１"がうれしそうに報告に駆け寄った。
「ナツさん、ご無事だったんですね！何よりでした。…ヤツら、ここの奥に隠れているようなのですが、どうにも見つからないんです。」
それを聞いて、ナツが前へ進み出た。
「この奥に、隠し部屋があるんです。隠し階段もあって、緊急時、外に出られるようになっています。きっとそこに…。」
ナツは悲愴な顔をしていた。そこに、ビラルド・ホンジョーがいる…。イシトがその肩に手を掛けた。ナツは頷き、先へ進んだ。銃声は止み、奇妙な静けさが辺りを覆う。足音が異様に響く。廊下の突き当たりで、ナツは脇にあった柱の裏側に手を回した。
ゴトンッ。
壁が開き、そこに部屋が現れた。そこには二人の体格のよい男が二人、今、まさに緊急用脱出口から逃げ出そうとしているところだった。ビラルド・ホンジョーとギュンター将軍。手には証拠となるだろう書類が詰まったケースが握られていた。
「動くな！」
部下"５"が素早く部屋に踏み込み、銃口を向ける。二人は諦めたように、窓際に立ちつくした。周囲を見渡したビラルド・ホンジョーがナツに目を留めた。
「ナツ！？おまえがここを？」
ナツの顔が曇る。ギュンター将軍がナツを睨みつけた。
「この女が手引きしたのか！？おのれ！！」
後のなくなったギュンターは、ナツに銃口を向けた。軍法会議に掛けるために、自分は今、撃ち殺されることはないだろう。この際、腹いせに内部協力者であるナツを撃とうとしたのだ。だが、ホンジョーがその銃口を押さえ込んだ。
「止せ！撃つな！私の秘書だ！！」
「ミスタ…！」
ナツが絶句してホンジョーを見つめた。もみ合う二人。ギュンターの銃口がホンジョーに向いた。ナツがその間に飛び込んだ。
「ナツ！」
ビラルド・ホンジョーが叫ぶのと、イシトの悲鳴はほぼ同時だった。そして銃声が響いた。
「ナツ！！」
イシトが倒れたナツに駆け寄る。"１"と"５"が急いでギュンターを取り押さえる。ビラルド・ホンジョーは呆然と血まみれのナツを見つめ、座り込んでいた。"２"が彼に手錠を掛ける。
「"３（ドライ）"！早くリターンを！」
イシトがナツを抱き起こし、血の気の失せた顔で叫ぶ。
「リターン！」
看護士でもある部下"３"が、慌ててリターンのエレメントを使う。だが、ナツはぐったりしたまま、ホッと息を吐いた。
「…ありがとう…少し、楽になった…。」
力無い声に、イシトの青ざめた顔が悲痛に歪められた。わかっている。人知を越えた力を持つエレメントも、万能ではない。回復エレメントは、その者の持つ回復力を助長するに過ぎない。去り行くさだめの者は、いくらエレメントを使おうとも去り行くのだ…。
「ナツ！」
まるで、自分が死に行く者のような顔で、イシトが呼ぶ。イシトの腕の中で、ナツは弱々しく笑った。
「嘆かないで…。あなたのそんな顔、見たくない…。」
「ナツ…。」
ナツはイシトを見上げた。
「イシト……私のこと、覚えていてね……私の国の信仰なの…きっとあなたは、私と似た人に出会うわ。何度も何度も、きっと出会う……その誰もが私なの…。その中に、私が居る…だから……哀しまないで…待っているから……ずっと待っているから…また、あなたに会える……だから……。」
ナツの言葉はそこで途切れ、瞼が静かに閉じられた。首が力無くカクンと、イシトの腕を滑り落ちる。
「ナツ…？」
思わず、イシトがナツの身体を揺する。だが、ナツはもう動かない。その黒い瞳は二度と開かない。二度と、イシトを見つめることはないのだ…。
「ナツ！ナツーーー！！」
白く続く廊下に、イシトの絶叫が響いた―――。