「……隊長……？」

　いつもは感情を顕わにしない“９”だが、思いがけないイシトの行動に、さすがに戸惑った声を上げる。
　イシトはそれには構わず、一番手前の的の前に立って振り向いた。

「ヘッドセットを付けて、銃を構えろ」

　イシトの抑揚のない抑えた声が、静まりかえった射撃練習場に響く。

「は……っ」

　“９”は、イシトの真意を量りかねて、ためらいがちに耳にヘッドセットを当て、銃を持ち上げた。
　イシトは表情を変えず、自分もヘッドセットを付けると、的の前で両手を広げた。

「撃ってみろ」

「は？」

　“９”が眉を寄せて、イシトを見つめる。イシトは右手で、自分の首のすぐ横にある的の中心、頭頂の真上、左脇の下を次々と指さした。

「ここ、ここ、ここだ。君の腕前なら、私の身体に当てずに、的を撃てるはずだ。そうだろう？」

　“９”はゴクリと喉を鳴らした。
　動かない的を撃ち抜くことなど、“９”にとっては何でもないことだ。百発百中と言って良い。的の前に障害物があろうと、それは変わらない。
　否。変わらないはずだった――。

「君は、銃を撃てなかったのは一時的なことだと言った。さあ、撃ってみろ！」

　改めて目の前に立つイシトに目を向けた“９”の脳裏に、これまで銃弾を放った数知れないシーンがフラッシュバックした。一瞬、めまいを感じて、“９”は銃を取り落としそうになる。気が付くと、また指先が硬直している。だが、的を撃ち抜いて見せなければ、自分が銃を撃てないと認めるに等しい。
　“９”は気を取り直し、的だけを凝視した。
隊長のイシトが目の前に立ちはだかっているために、柄にもなく緊張しているだけだ。イシトはそこにいないと思えば良いのだ。
　クールガイと言われる“９”の額に、冷たい汗が滲み出た。これまで、どんな難しい標的を狙った時にも、これほど張りつめた気分になったことはなかった。トリガーに乗せた指先は、相変わらず感覚がない。それでも、“９”は気力を振り絞ってイシトの方に銃口を向けた。
　イシトはと言えば、そんな“９”の動揺を知ってか知らずか、微動だにしない。その、いつも冷静な蒼い眼は、怖ろしいほどに冴え冴えと“９”を見つめている。
　イシトの立つ的に向けて銃を構えた“９”の手が、震える。通常は片手で銃を撃つのだが、“９”は震える右手に左手を添えて、震えを止めようとした。“９”は必死の思いで、トリガーの上の右手の指に左手の指を重ね、わずかにそこに力を込めた。
　トリガーに無理な力が掛かり、照準がぶれる――。
このまま撃てば、イシトに当たってしまうかもしれなかった。だが、今の“９”は、何とかして銃を撃つことしか頭にない。
　トリガーが徐々に引き絞られる――。

「もうやめろ！　“９”！！」

　突然、そばで声を掛けられ、“９”は我に返った。その手から、ついに撃てなかった銃が、コロリと転がり落ちる。

「“１０（ツェン）”……」

　“９”は、呆然と、心配して様子を見に来たらしい“１０”を見た。“１０”は、銃を握りしめた形のまま硬直し、まだわずかに震えている“９”の両手を、そっと自分の手で包んだ。

「大丈夫か……？」

「俺は……」

　うなだれた“９”が、絞り出すように呻いた。

「……撃てない……」

　“１０”は“９”のヘッドセットを外してやると、黙ってその肩を軽く叩いた。

「“９”」

　いつの間にか歩み寄っていたイシトが、無表情に告げる。

「君と“１０”には、当分の間、デスクワークを命じる。異論は無いだろうな？」

「……隊長……」

　“９”が苦渋に満ちた顔を上げたが、現に銃を撃つことの出来なかった身では、反論のしようもなかった。再びうつむいた“９”にチラリと目を向け、イシトはわずかに眉を寄せた。

「二人とも、今日は帰って良し。明日から“４（フィーア）”と“８（アハト）”に代わって情報担当をやってもらうから、そのつもりで準備しておけ。以上だ」

　言い終えると、イシトは足早に射撃練習場を出て行った。

〜続く〜

2002.10.17