黒き風～スワン～

　「あ…！」
パレポリ軍特殊部隊「黒き風」の執務室で、報告書を作成していた部下"１１（エルフ）"は思わず声を漏らした。部屋に入ってきた隊長のイシトの後ろに、見知った顔を見つけたからだ。だが、彼の端正な眉は見る間に歪められた。どうやら、彼にとって好ましくない人物らしい。この執務室に部外者が入ってくることは滅多にない。他の部下たちも、仕事を続けながらも興味津々でその人物を見つめている。
　イシトは部下たち全員の視界に入る部屋の中央まで進むと、パンパンと手を叩いて皆の注意を引いた。
「ちょっと聞いてくれ！しばらくここで預かることになった者をを紹介する」
イシトの後ろに立っていた人物が、ようやく前へ進み出た。
「マクセラ・ホフマンです。どうぞよろしく！」
艶やかに微笑み、元気良く挨拶をしたマクセラは、肩までの淡い金髪と水色の眼の、いかにも生粋のパレポリ人らしい美人であった。早速、お調子者の"２（ツヴァイ）"が口笛を鳴らす。
「ヒュー！　こりゃ、うれしい驚きだね！」
マクセラはそれに動じず"２"に微笑み返し、全員を見回して、もう一度ニッコリと笑顔を浮かべた。新人らしからぬ度胸の良さだ。"１（アイン）"が隊長の補佐役らしく、イシトに訊ねた。
「しばらく預かるってのは、どういうことなんでしょうか？　入隊するってわけではないんですか？」
イシトはかすかに渋面を作った。
「私は本意ではないのだが、本人のたっての入隊希望なのでな。３ヶ月の試用期間を設けて、チャンスを与えることにしたんだ。その間に、自他共にこの「黒き風」に相応しいと判断したら正式に入隊となる。とりあえず、それまでは一応仲間だ。皆、よろしくな」
マクセラは、イシトの言葉に合わせて軽くお辞儀をした。"２"は浮かれて鼻の下を伸ばしている。
「はーい！　もう、言われなくても、よろしくしちゃいますよ～！！　俺、は"２"。わかんないことがあったら、俺に訊いてよ！」
イシトはやれやれというように軽く溜息をついた。
「"１１"、君とは同期だな？　彼女の面倒は君が見てやってくれ。」
「え…」
"１１"は絶句した。だが、隊長の命令である。いやとは言えない。
「は、はい…」
「よろしくね、クルト！」
マクセラは親しげに"１１"を本名で呼んで笑顔を向けた。"２"は恨めしそうに"１１"をチロリと見た。
「ちぇ～、良いよな"１１"！　こーんな美人と同期だったのかよぉ。面倒見るったって、職権乱用すんなよ！」
「しませんよ！　"２"先輩じゃあるまいし、誰が好きこのんで、こんな…」
思わず言い返した"１１"だったが、さすがにそこで口をつぐんだ。マクセラが近付いて来たのだ。彼女は"１１"の隣に立って、イシトを振り返った。
「隊長！　私にもコードネームをいただけませんか？　試用期間とはいえ、任務にあたって本名のままではやりにくいと思います！」
イシトはちょっと首を傾げて考えていたが、すぐに頷いた。
「それはそうだな。だが、正式入隊ではないのだから"１１"に次ぐ"１２（ツヴェルフ）"と呼ぶわけにはいかない…仮のコードネームとして"０（ヌル）"ではどうだ？」
マクセラは晴れやかな笑顔で答えた。
「結構です。３ヶ月後には"１２"と呼んでいただけるよう頑張ります！」
「連絡事項は以上だ。皆、仕事に戻れ。"１１"、彼女はこの参謀本部は初めてだそうだ。まずは一通り案内してやれ」
「はい」
　マクセラを伴って廊下へ出た"１１"は、わずかに紅潮したマクセラの横顔を、複雑な思いで見つめた。これ程うれしそうな彼女は見たことがない。そんなにこの「黒き風」に入りたかったのか。
　陸軍士官訓練所。確かにマクセラとはそこの同期生だった。抜きんでて成績優秀だったマクセラ。おまけに生粋のパレポリ人であり、才色兼備の非の打ち所のない士官候補生。当然、エリートコースは約束されたも同然だった。だが、卒業を控え、それぞれ配属先が決まった日、彼女の望んだ「黒き風」に配属が決まったのは"１１"だった。
　"１１"は溜息をついた。その時の事を、今、これ以上思い出すのは得策ではないだろう。過去はどうあれ、今は同僚として共に任務にあたることになる。まして、面倒を見るよう隊長に命じられたのだ。悪感情はなるべく持たないに越したことはない。
「相変わらず、あなたの顔は正直ね」
マクセラが、そんな"１１"の気持ちを見透かしたように囁いた。
「まだ、根に持ってるの？　もう良いでしょ？　こうして私、"黒き風"の一員になれたんだもの」
"１１"はムッとした。
「もう良いって、それは君の勝手だろう！　それに、まだ入隊は決まったわけじゃないんだぞ」
つい、声を荒げた"１１"に、マクセラはクスリと笑った。
「決まったのと同じよ！　きっと３ヶ月の間に、イシト隊長だって私の価値を認めてくださるわ。それだけの働きをする自信はあるもの！」
"１１"は軽く肩をすくめた。
「君も、相変わらず自信家だな…配属先は、ここよりももっとエリートと言われる国防総省だったはずだろう？　何故そんなにも"黒き風"に固執するんだ」
マクセラは急に頬を引き締め、少しの間黙ってから呟くように答えた。
「…あなたには解らないわ…」

～続く～